失恋美術館
2006年 04月 15日
ワタシの一番好きな女流作家は、吉元由美さんと清川妙さん。そして、生き方に感化されたのは脚本家の内館牧子さんです。以前、清川先生にはエッセイの書き方を直接ご指導いただいていた時期があります。さらに内館先生には、最新刊の表表紙にワタシの名前入りで献辞をいただいたことも――。
「二月の雪 三月の風 四月の雨が 美しき五月を作る」と。
先日取材のため、北品川にある原美術館へ行って来ました。
雨上がりだったせいでしょうか。美術館の敷地内に足を踏み入れた途端、緑の匂いが香り立ち、何とも言えない優しい空気に包まれました。
広報担当のM浦さんにお話を伺った後、館内をご案内いただいたのですが、まるで忍者屋敷のようなユニークな仕掛けがいっぱいの美術館に、ワタシはすっかり子どもに戻って、何度も歓声をあげてしまいました(笑)。
白い壁に優しい曲線が印象的な館内には、センスよく配置された大きな写真や絵画が照り映えて、心がみるみる穏やかになっていくのがわかりました。展示されている作品はそんなに多くはありませんでしたが、その分、余白の妙が何とも言えない静謐さを醸しだし、それは上質な贅沢感を味わうことができます。
残念ながら、次の仕事先に向かわなければならなかったので、楽しみにしていたテラスでのティータイムはお預けになってしまいましたが、この日のワタシには本当に必要な場所&時間だったと、取材の仕事が入っていた“幸せな偶然”に心から感謝したのでした。
内館牧子さんの著書に『失恋美術館』というタイトルの本があります。
「失恋した時というのは、ジタバタしない方がカッコいいと私は思っている。もちろん、カッコばかりでは人間も生きていけないけれど、“カッコつけるべき時”というのはやっぱりあるのだ。そのひとつが失恋した時だろう」――このプロローグの一文を読んだ時、ワタシはその余りの「粋」っぷりに衝撃を受けてしまいました。この本を初めて手にしたのは、当時まだ20代前半の頃。まさに失恋仕立てのホヤホヤで、立ち直れないほど凹んでいた時だったと記憶しています(笑)。しかし、内館流の大人の女の「やせ我慢の美学」を知り、“心の薬箱”まで一緒に手に入れられた時の安堵感と言ったらありませんでした。
さらに、プロローグはこう続きます。
「失恋した人にとって、本物だけを見る時間はとても必要なんじゃないかしら。本物の絵、本物の焼き物、本物の彫刻……。そこには本物の作家たちの生命が吹き込まれている。誰もが夢中で生きて、誰もが痛い思いをしながら自分の人生を切りひらいていったんだと思い知らされる。それらに触れたからといって、すぐに失恋のつらさが消えるわけではないけれど、日常と違う場所に身を置くというだけで、ほんの少し心が優しくなっていくのがわかる」と。
――そう。内館さんは「美術館こそ失恋の特効薬」だと、教えてくれたのです。
それ以来ワタシは、恋をするたびに美術館を訪れ、恋を失うたびに美術館に慰められて来ました。実はつい最近も、ずっと大切にして来たものを失ったばかりだったので、不思議なタイミングで訪れることのできた原美術館に、ぎゅーっと抱きしめてもらったような気がしています。
美術館の外に出たワタシは、ひとつ大きな深呼吸をしました。そして、すっかり晴れ上がった空を仰ぎながら、呪文のようにこうつぶやいてみたのです。
「二月の雪 三月の風 四月の雨が 美しき五月を作る」――。
次の仕事場には、きっと笑顔で行こう。ワタシは足早に駅へと向かいました。
「二月の雪 三月の風 四月の雨が 美しき五月を作る」と。
先日取材のため、北品川にある原美術館へ行って来ました。
雨上がりだったせいでしょうか。美術館の敷地内に足を踏み入れた途端、緑の匂いが香り立ち、何とも言えない優しい空気に包まれました。
広報担当のM浦さんにお話を伺った後、館内をご案内いただいたのですが、まるで忍者屋敷のようなユニークな仕掛けがいっぱいの美術館に、ワタシはすっかり子どもに戻って、何度も歓声をあげてしまいました(笑)。
白い壁に優しい曲線が印象的な館内には、センスよく配置された大きな写真や絵画が照り映えて、心がみるみる穏やかになっていくのがわかりました。展示されている作品はそんなに多くはありませんでしたが、その分、余白の妙が何とも言えない静謐さを醸しだし、それは上質な贅沢感を味わうことができます。
残念ながら、次の仕事先に向かわなければならなかったので、楽しみにしていたテラスでのティータイムはお預けになってしまいましたが、この日のワタシには本当に必要な場所&時間だったと、取材の仕事が入っていた“幸せな偶然”に心から感謝したのでした。
内館牧子さんの著書に『失恋美術館』というタイトルの本があります。
「失恋した時というのは、ジタバタしない方がカッコいいと私は思っている。もちろん、カッコばかりでは人間も生きていけないけれど、“カッコつけるべき時”というのはやっぱりあるのだ。そのひとつが失恋した時だろう」――このプロローグの一文を読んだ時、ワタシはその余りの「粋」っぷりに衝撃を受けてしまいました。この本を初めて手にしたのは、当時まだ20代前半の頃。まさに失恋仕立てのホヤホヤで、立ち直れないほど凹んでいた時だったと記憶しています(笑)。しかし、内館流の大人の女の「やせ我慢の美学」を知り、“心の薬箱”まで一緒に手に入れられた時の安堵感と言ったらありませんでした。
さらに、プロローグはこう続きます。
「失恋した人にとって、本物だけを見る時間はとても必要なんじゃないかしら。本物の絵、本物の焼き物、本物の彫刻……。そこには本物の作家たちの生命が吹き込まれている。誰もが夢中で生きて、誰もが痛い思いをしながら自分の人生を切りひらいていったんだと思い知らされる。それらに触れたからといって、すぐに失恋のつらさが消えるわけではないけれど、日常と違う場所に身を置くというだけで、ほんの少し心が優しくなっていくのがわかる」と。
――そう。内館さんは「美術館こそ失恋の特効薬」だと、教えてくれたのです。
それ以来ワタシは、恋をするたびに美術館を訪れ、恋を失うたびに美術館に慰められて来ました。実はつい最近も、ずっと大切にして来たものを失ったばかりだったので、不思議なタイミングで訪れることのできた原美術館に、ぎゅーっと抱きしめてもらったような気がしています。
美術館の外に出たワタシは、ひとつ大きな深呼吸をしました。そして、すっかり晴れ上がった空を仰ぎながら、呪文のようにこうつぶやいてみたのです。
「二月の雪 三月の風 四月の雨が 美しき五月を作る」――。
次の仕事場には、きっと笑顔で行こう。ワタシは足早に駅へと向かいました。
by musenet
| 2006-04-15 03:51
| Life